毎週月曜~金曜12時から絶賛放送中の『徹子の部屋』に、女優の山本富士子(やまもとふじこ)さんが登場します。


今、徹子の部屋では”銀幕のスター特集”として、色々な俳優が放送されています。


山本富士子さんが、これまでどのような活動をされてきたのか調べてみました。

山本富士子さんの今現在の活動が気になる!



「美人の代名詞」の異名を持つことで知られている女優の山本富士子さん。


85歳になった現在でも、女優として活動を続けています。


昨年の2016年においては、56年間、住み慣れた一軒家を出てマンションに引っ越しされたという事です。


一部の噂では、病気で自宅療養中であるとの情報も入ってきています。


しかし、病気については詳しい情報が見当たらなかったので本当なのか定かではありません。


本当だとしたら、早く治って復帰されることを祈りたいですね。


1953年に大映へ入社して、本格的に女優の活動を開始した頃は1年ごとにギャラを10万円ずつ昇給させ、3年目以降は自由契約にするというスライド制での契約を求めていたそうです。


1954年「金色夜叉」と1955年「婦系図 湯島の白梅」のヒロイン、1956年に公開された映画「夜の河」が続々と大ヒットしたことで、大映の看板女優として活躍していた頃もありました。


これからも、女優としての活動を続けていくことは間違いないと思うので今後の活動からも目が離せません。
 

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山本富士子さんが結婚した夫は誰?息子も調べた!



「彼岸花」や「暗夜行路」「黒い十人の女」などの人気作品に出演し、現在は出演がすくないものの女優業を継続させている山本富士子さん。


そんな山本富士子さんは、1962年に当時作曲家として活躍していた山本丈晴さんと結婚されていました。

山本丈晴
引用元:https://stat.ameba.jp



お2人の間には、長男である山本茂晴さんがいます。


山本茂晴さんの現在については、公表されていなかったのでおそらく一般人の可能性が高いと思われます。


現在、活動している場面でこれからも元気に過ごして欲しいと思います。


ちなみに、山本茂晴さんは2011年に肺炎のため帰らぬ人となってしまい、お別れの会が東京都千代田区紀尾井町にあるホテルニューオータニで行われました。


山本富士子さんは喪主を務めて、芸能界や政財界などからは多くの著名人が参列しました。


その数は、なんと約1000人近くだったそうです。


これだけの参列者を考えると、山本茂晴さんが多くの人に愛されていた証でもありますね。


今後は、山本富士子さんと息子さんで山本茂晴さんの分まで力強く生きてほしいと思います。


山本茂晴さんのご冥福をお祈りします。
 

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山本富士子さんの昔の画像が美人!映画やドラマ出演作は?



映画を中心に女優としての道を歩み始め、その後はテレビドラマやCMなどにも多数出演することになった山本富士子さん。


最後に、山本富士子さんのこれまでについて調べてみました。

山本富士子 現在


<山本富士子さんプロフィール>

★生年月日:1931年12月11日

★出身地:大阪府大阪市西区立売堀

★活動期間:1953年~

★職業:女優(映画・テレビドラマ・演劇)

出典先:wikipedia

山本富士子さんは、船場の綿花問屋山重一家の長女として誕生。


少女時代から日本舞踊を習っていた山本富士子さんは、自宅が進駐軍に接収されたために引越しを行い、大阪府立泉大津高等学校から京都府立鴨沂高等学校に転入して高校時代を過ごしたそうです。


高校を卒業後、1950年に行われた第1回ミス日本において満場一致でミス日本の栄冠を手に入れます。


ミス日本の受賞歴をもつ女優として、現在でも認知度が高いことも有名ですよね!


選出後は、映画界からスカウトされるも当初、女優になる意思はなかったんだとか。


しかし、お姉さんの「これからの女性は仕事を持つことよ」という助言で女優になる決心をしたんだとか。


そして、1953年に大映から映画女優デビューし、映画「花の講道館」で長谷川一夫さんの相手役を演じます。


1963年に大映との契約更改を控えていたものの、山本富士子さんの契約主張が受け入れられなかったことから、1月末の契約切れを待ってフリーを主張。


この頃から、映画女優としての活動は減少していき、現在は映画に出演することはなくなったそうです。


1962年には、作曲家の山本丈晴さんと結婚し、長男の山本茂晴さんとお孫さんを持つも2011年に山本丈晴さんが死去。


きっと愛する旦那さんを失った悲しみは、相当なものだったと思います。


そんな山本富士子さんですがネット上では、若い頃がとても美人と話題になっています。

山本富士子 昔
引用元:https://iwiz-chie.c.yimg.jp



こちらが、昔の山本富士子さんです。


ネット上では、あまりにも美人すぎる事から女神とまで評価をしている方がいらっしゃいました。


昔の女優さんって、ホントに綺麗な方が多いと思います。


白黒だから、写真写りが良いだけなんでしょうか。


それにしても美しいですね。

<山本富士子さんの出演作品>

★映画

・近世名勝負物語 花の講道館(1953年)

・関の弥太ッぺ(1953年)

・丹下左膳(1953年)

・花の喧嘩状(1953年)

・春雪の門(1953年)

・知らずの弥太郎(1954年)

・月よりの使者(1954年)

・火の女(1954年)

・新しき天(1954年)

・春の渦巻(1954年)

・伊太郎獅子(1954年)

・川のある下町の話(1955年)

・見合い旅行(1955年)

・薔薇の絋道館(1956年)

・新・平家物語 義仲をめぐる三人の女(1956年)

・恋と金(1956年)

・火花(1956年)

・花頭巾(1956年)

・銭形平次捕物控 人肌蜘蛛(1956年)

・スタジオは大騒ぎ(1956年)

・続・花頭巾(1956年)

・君を愛す(1956年)

・銀河の都(1957年)

・続・銀河の都(1957年)

・スタジオはてんやわんや(1957年)

・朱雀門(1957年)

・真昼の対決(1957年)

・東京の瞳(1958年)

・銭形平次捕物控 八人の花嫁(1958年)

・母(1958年)

・氷壁(1958年)

・天竜しぶき笠(1958年)

・命を賭ける男(1958年)

・渇き(1958年)

・人肌孔雀(1958年)

・都会という港(1958年)

・娘の冒険(1958年)

・京化粧(1961年)

・女と三悪人(1962年)

・夢でありたい(1962年)

・如何なる星の下に(1962年)

・仲よし音頭・日本一だよ(1962年)

★テレビドラマ

・長谷川伸追悼番組『明治の女』(1963年)

・『大文字はもう秋』(1982年)

出典先:wikipedia

ほんの一部ではありますが、山本富士子さんが過去に出演をした作品を紹介しました。


特に、驚いたのが映画に出演をした本数です。


1953年から1963年の10年間で、50以上の作品に出演をされていました。


当時は、そうとう忙しい日々を送っていたのではと思います。


現在でも、1人の大女優として多くのファンから愛されている山本富士子さん。


今後も、活躍して欲しいと思います。

管理人管理人

ミス日本に選出後に芸能界入りを果たして、現在でも現役で活動している山本富士子さん。
愛する人を失っても力強く生きています。
これからの活動から目が離せないと思います。
今後の活動に期待しましょう!

 

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