12月2日(土)22時~放送予定のNHK「SWITCHインタビュー達人達(たち)」に、音楽家、指揮者として活躍している柳澤寿男(やなぎさわとしお)さんが登場します。


日本でも有数の音楽ジャンルであるクラシック音楽を中心に、音楽家、指揮者としてこれまでに多くの場面で活躍されています。


紛争地帯だった地で、日本だけでなく世界的にも活躍されているということで、ひと足先に柳澤寿男さんについて調査していきたいと思います。

日本の音楽家・指揮者で知られる柳澤寿男さんのプロフィールを紹介!



2001年から音楽家、指揮者として本格的に活動している柳澤寿男さん。


紛争で大きな被害を受けたコソボで、指揮を揮ったことでも知られる柳澤寿男さんのプロフィールをまずは調査したいと思います。


柳澤寿男

<柳澤寿男さんプロフィール>

★生年月日:1971年8月23日

★出身地:長野県下諏訪町

★最終学歴:国立音楽大学、エコール・ノルマル音楽院

★職業:音楽家・指揮者

出典先:wikipedia

長野県下諏訪町で生まれた柳澤寿男さんは、長野県諏訪清陵高等学校を卒業後に、国立音楽大学器楽科トロンボーン専攻を卒業して、1996年に日本の指揮者として有名な小澤征爾さんに憧れたことで指揮者を志すようになります。


佐渡裕さんや大野和士さんに弟子入りして修行を積んだのち、1999年には渡仏してパリのエコール・ノルマル音楽院オーケストラ指揮科に入学して、さらに指揮者としての基礎を学びます。


2001年には大阪フィルハーモニー交響楽団で指揮者としてのデビューを果たし、2003年にはスイスのヴェルビエ音楽祭指揮マスタークラス・オーディションに見事合格したことで、ジェームズ・レヴァインとクルト・マズアに師事します。


指揮者としてデビューして以降は、日本各地の交響楽団にて指揮を揮りさらには、2005年~2007年にかけてマケドニア旧ユーゴスラヴィア国立歌劇場で客演指揮を行ったことで大成功を収めて、その後も日本の音楽家・指揮者として本格的な活動を行ってきました。


そして、柳澤寿男さんの知名度を一気に上げるきっかけになったのが、紛争後混乱期であったコソボ共和国で日本人指揮による客演が行われたことでした。


その様子は、TBSテレビ「筑柴哲也NEWS23」で採り上げられたことで、当時の日本で大きな話題となりました。


これがきっかけで、世界中のメディアが柳澤寿男さんの活動をスクープするようになったと言われています。


その後も数々の交響楽団で指揮を揮り続け、現在はコソボやセルビアを拠点にしながらブラハ交響楽団・西ボヘミア交響楽団・旧ユーゴスラヴィアなどでも活動しています。
 

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柳澤寿男さんは結婚して妻や子供はいる?



小澤征爾さんに憧れたことから、数々の交響楽団で修行を積んだ後に、現在も日本の音楽家・指揮者として引き続き活動を行っている柳澤寿男さん。


柳澤寿男さんについて、調べていくとこのような記事を見かけました。

“東京に妻と幼い息子を残し、コソボフィルハーモニーの提供する古いアパートで月給3万円で単身生活を送っています。”

この記事からも分かるように柳澤寿男さんはすでに結婚されていて、息子さんもいらっしゃるということになります。


さらに詳しい情報を掴もうと、色んなサイトを調べてみたのですが、奥さんと息子さんについての情報はありませんでした。


これはあくまで僕個人としての憶測ですが、時より日本と海外を行き来しているということで、日本へ帰ってきた時に家族の時間を過ごしているのではないでしょうか。


音楽家・指揮者としても活躍しているとのことで、奥さんや息子さんにも音楽の素晴らしさを広めていると思います。


今後とも音楽家・指揮者としての活動を続けて、日本や世界の人々に音楽の良さを伝えてこれからも広めていってほしいです。

柳澤寿男さんの経歴や学歴を調査!活動報告も!



柳澤寿男さんのこれまで分かったところで、最後に経歴や学歴についてもう少し細かく調べていきたいと思います。


国立音楽大学を卒業された柳澤寿男さんは、器楽科トロンボーン専攻を選択されたそうです。


国立音楽大学は、東京都立川市柏町に本部を置く私立大学として日本にある音楽大学のなかでも、かなり有名な大学です。


1950年に設置された国立音楽大学は、「国立音大」や「国音」などの愛称で親しまれ、これまでに多くの著名人を輩出しています。


日本有数の音楽大学というだけあって、1928年にNHK交響楽団と国立音楽大学が共演を果たし、ベートーヴェンの「交響曲第9番」を合唱したことで名前が一気に広まるようになります。


1926年に東京高等音楽学院として開校してから、1947年に現在の「国立音楽大学」に改称して1949年には、系列校として国立中学校と国立音楽高等学校を設立しました。


さらに、付属小学校や運営法人組織の変更などを行い規模が拡大したこともあり年々、入学生徒数は増加傾向にあるそうです。


僕も個人的に音楽は大好きで、社会人の吹奏楽団に入っていて日々の練習に励んでいます。


現在は、3学科を1学科6専修と1学科1専攻3専修および1専修に改組するという編成を行っています。


これまでに多くの有名人を音楽業界に輩出していますが、主な出身者には「久石譲さん」や「石黒彰さん」「石河清さん」などがいます。


音楽は日本だけでなく、世界中にも存在していてそれぞれに独自の音楽スタイルがあり、音楽といえば最近では「ボーカロイド」や「洋楽」などがよく街で流れているのを耳にします。


柳澤寿男さんの主な活動歴としては、バルカン室内管弦楽団での活動が採り上げられています。


旧ユーゴスラヴィアが崩壊してから、紛争によってバラバラになった各民族間の架け橋として、民族共栄を願って2007年にバルカン室内管弦楽団を設立しました。


その年には、ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人」に柳澤寿男さんが選出されたことで、2006年にマケドニアで設立された室内管弦楽団もマケドニア人のみで音楽祭などに参加するなどの活動域を広めています。


バルカン室内管弦楽団としてのおもな活動としては、2010年にニューヨーク国連総会に付随するイベントである「バルカン・リーダーズ・サミット」に招かれたことで、バルカン各国の大統領や首相を前に演奏しています。


さらに、2011年にはアルバニア共和国のティラナにてUNDP国連開発計画アルバニアとともにロマ民族とのコンサートを開催し、その演奏形式はアドリブで演奏するロマ民族にバルカン室内管弦楽団が合わせて即興で伴奏をつけながら演奏するというものでした。


これまで、一般社会と接点がなかったロマ民族が「できることならもっと音楽を学び、バルカン室内管弦楽団で一緒に演奏したいということが夢になった」という感情を持った感動的なコンサートになったんだそうです。


柳澤寿男さんとバルカン室内管弦楽団は現在も共同で活動を続けており、世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件から100年の記念追悼イベントとしてコンサートを開催するなどの活動を行っています。


これからの活動にも期待して良いといえるでしょう。

管理人管理人

日本の音楽家・指揮者として、これまでに多くの場面で活躍してきた柳澤寿男さん。
これからも、音楽は日本中や世界中で多くの人々に歌い継がれていくと僕は思います。
彼の今後の活動とこれからの音楽界の進展から目が離せまん。

 

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