久我美子(くがよしこ)さんは、昭和30年台ころから活躍した女優さんになります。

華族の家系のお嬢様が、芸能界へ飛び込んだことで知られます。

華族自体が現存しない今では、想像もつきませんが、当時では大変なスキャンダルだったようです。

才色兼備の女性で女優としても人気があり、多数のドラマや映画に出演しています。

そんな、久我美子さんについてまとめてみました。



久我美子さんのプロフィールや学歴は?

★生年月日:1931年1月21日

★生まれ:東京都牛込

★本名:小野田美子(おのだはるこ)旧姓、久我(こが)

★学歴:学習院女子中等科(中退)

出典先:wikipedia

久我美子さんは、村上天皇まで遡る村上源氏の流れを汲む名家で生まれました。

爵位を持つ父親と芝居好きの母親の影響で、幼少の時から芸能に親しんで育ちました。

やがて祖父や父親が事業に失敗し経済的に行き詰り、さらに華族制度の廃止が追い打ちをかけたんだとか。

家計を助けるためもあり、元々興味のあった女優になることを決心したそうです。

しかし、対面を重んじる実家からは当然ながら猛反対に合いました。

「久我(こが)」性を名乗らない事と、住所を移すことを条件に何とか許されたとの事なので、相当厳しい両親だったんでしょう。

そのため、漢字は同じでも芸名は「くがよしこ」と読み方が異なるのです。

1946年学習院の学生時代に、第一期東方ニューフェイスに合格。

翌年には学校を中退、映画「四つの恋の物語」でデビューしています。

その後は年1~2本のペースで出演し、映画としては通算40本以上出演しています。

ちょっと冷たい感じのクールで品位のある美貌と華奢なスタイル、堅実な演技力で人気を博し、毎日映画コンクール助演女優賞やブルーリボン賞助演女優賞を受賞しています。

テレビには1963年、32歳の時にドラマ「図々しい奴」で初登場しました。

テレビの普及に合わせるように、活動の場の中心はテレビへと移行して行きます。

「新・平家物語」「勝海舟」など、大河ドラマや「華麗なる一族」「ハイカラさんが通る」「五稜郭」「課長サンの厄年」など多数の出演作があります。

1969年には「3時のあなた」で、水曜日の司会を1年間勤めています。
 

スポンサーリンク

久我美子さんは結婚して夫はいる?子供は?

1950年に出演した映画「また逢う日まで」では、当時タブー視されていたキスシーンを、窓越しで演じて話題になりました。

1954年には、岸恵子さんらと共に「にんじんくらぶ」というプロダクションを結成しています。

とても、大胆で活発な活動をしていますね。

1961年俳優 平田昭彦さんと結婚していますが、彼の猛烈なアタックは後の語り草となっています。

しかし当時は、ゴシップとして取り上げられることもなく、結婚後も旦那さんが死去するまでおしどり夫婦として仲良く暮らしています。

お2人の間に子供がいるのか調べたのですが、ほとんど情報が出てきませんでした。

もし、子供がいたとしたら社会人になっている事は間違いないでしょうね。

新たに分かり次第、記事を追記したいと思います。

1989年には、亡夫の意志を継ぎ「ゴジラVSビオランテ」に出演し、女性官房長役を演じました。

当時の現役官房長官も、史上初の女性(森山真弓さん)が勤めていたことが話題になりました。

久我美子さんの今現在って?若い頃も気になる!

2000年の映画「川の流れのように」を最後に芸能活動は休止状態になっており、長らく表には出ませんでしたが2004年、儀姉の三ツ矢歌子さんが亡くなった時には姿を見せています。

80歳を超えた今でも女優としては、健在のようです。

そんな、久我美子さんの昔の画像が沢山あったので紹介をしたいと思います。

若い頃の久我美子さん

端正な顔立ちをしているので、目鼻立ちがハッキリしていますね。

若い頃は男性からのアプローチが、凄かったかも知れません。

アックマンアックマン

昭和の芸能界を美しく飾った久我美子さん。
もしかしたら、ドラマ「やすらぎの郷」への出演も可能性があるかも知れません。
とにかく、いつまでもお元気でいて欲しいと思います。